「ザ・ゴール」は、エリヤフ・ゴールドラット博士が書かれた世界的名著で、製造業における生産性向上の本質を物語形式でわかりやすく解説しているビジネス書です。制約理論(TOC)のエッセンスが詰まった、そして、17年間日本語への翻訳が禁じられた伝説的な名著です。「企業の究極の目的とは何か?」を明確にし、改善のための具体的な方法を提示してくれます。※ネタバレを含みますので、ご注意下さい。
企業の究極の目的とは何か?
結論から申し上げますと、企業の究極の目的とは、「お金を儲けること」です。メーカは質が高くて価格が安い製品を作ることが目標でしょうか?マーケットシェアを獲得することが目標でしょうか?それは違います。企業は利益が出なかったら倒産してしまいます。低コストで仕入れること、人を雇うこと、最先端の技術開発をすること、品質の高い製品を製造すること、マーケットシェアを高めること、顧客満足度を高めることなど、これらすべては「お金を儲ける」という最終目的を達成するための手段にすぎません。
「お金を儲ける」ための指標
お金を儲けることの指標は、「純利益」「投資収益率」「キャッシュフロー」の3つを同時に増やすことです。製造現場に役立つ、「お金を儲ける」という指標を完璧な形で表すと、「スループット」「在庫」「業務費用」の3つになります。
「スループット」とは、販売を通じてお金を作り出すことです。わかりやすく言うと、売上から資材費を引いた金額で、粗利に相当するものを意味しています。
「在庫」は、販売しようとするモノを購入するために投資したすべてのお金のことです。完成品だけでなく、仕掛品や原材料など、製造プロセスの中に溜まっているお金を意味します。また、工場で使っている中古の工作機械も売ることができるので、在庫に該当します。特許や技術ライセンスなども売ることができるので、在庫です。
「業務費用」は、在庫をスループットに変えるために費やすお金のことです。例えば機械の減価償却費や人件費などが該当します。
「スループットを増やしながら、在庫と業務費用を減らす」ことがお金を儲けるために重要ということです。例えば、ロボットを導入した時、それによって製品がもっと売れるようになったか?在庫が減ったか?従業員の数を減らしたか?と自問してみると良いです。
生産工程における重要な考え方
生産工程では、必ず「従属事象」と「統計的変動」と「ボトルネック」があります。
「従属事象」とは、一つの事象または一連の事象が起こるためにはその前に別の事象が起こらなければならないという意味です。
「統計的変動」とは、その時々によって変わってくるもので、例えば歩く速度は一定ではなかったり、オムレツを作る時間や必要なタマゴの数が一定ではないことを指します。(タマゴを落とすこともあるため)
「ボトルネック」とは、生産能力が最も低い工程のことです。一本の鎖に例えると、一番弱い輪の部分がボトルネックに当たります。
ハイキングでの例
ザ・ゴールの本書では、主人公がボーイスカウトの引率でハイキングに行くことで非常に分かり易くこれらを理解させてくれます。ハイキングの隊列全体のスピード、つまり「スループット」を決めているのは一番最後に歩く人のスピードです。一番最後の人が歩くスピードは、一番歩くのが遅い人つまり「ボトルネック」によって決められています。また、隊列の長さ(先頭の人から一番最後に歩く人の距離)が「在庫」で、各人の頑張りが「業務費用」に当たります。
隊列全体のスピード(スループット)を上げるには、以下の方法が有効となります。
- ボトルネックの荷物を軽くして、スピードを上げる。⇒生産能力を高める。
- 一番歩くのが遅い人(ボトルネック)を先頭にする。⇒隊列がまとまって行動できる。つまり、「統計的変動」を減らし、それによって「在庫」も「業務費用」も減らせる。但し、実際の生産工程では「従属事象」があるので難しいことが多い。
製造現場への適用
実際の工場の生産ラインにこれらの考え方を適用します。まず、ボトルネックの見つけ方として、仕掛品が異常に溜まっている工程を探し、その工程の能力が他よりも低いか確認します。もし低ければその工程がボトルネックとなります。
次に、ボトルネックの処理能力向上を図ります。その際、工場の生産能力はボトルネックの能力に等しくなりますので、ボトルネックで1時間ロスすると、工場の操業を1時間停止したのと同じロスが発生すると評価し、ボトルネックの能力向上に費用対効果で有効なすべての対策を施します。
ボトルネックの改善方法としては、例えば以下があります。
- ボトルネックの前工程で品質検査を行い、欠陥品をボトルネックの工程に流さない
- オーダーのない部品をボトルネックに流さない
- ボトルネックを通った後の部品の取扱いを注意するよう従業員をトレーニングする
- ボトルネックで処理をしなくて良いように代替機械を導入する
- ボトルネックにアイドル時間が出ないようにルールを変える(交代で休憩を取り、昼食休憩時間中のアイドル時間を無くす)
- ボトルネック専任の要員を配置する
- ボトルネックのバッチサイズを上げる(効率的に運用する)
- ボトルネックを優先するシステムを導入すること
リソースを活用する方法
「リソースを活用する」とは、目標達成に向かって工場を動かすために、リソースを使う事です。リソースを使用するとは単純に機械や装置のスイッチを入れたりする物理的な作業のことで利益が出ようと出まいが関係ないので、大きく異なります。企業はリソースを活用しなければならないです。
ボトルネックの改善ができた後は、ボトルネックを活用する段階へ移ります。
①ボトルネックの生産能力に基づいて、工場中のすべての資材の投入タイミングを決定します。そうすることでボトルネックを生産工程の先頭に持っていくのと同じ効果が期待できます。つまり、余剰な在庫や業務費用を減らせます。
②非ボトルネックのバッチサイズを半分にします。それによって、工場内の仕掛品の量は半分になり、理論的には在庫もキャッシュも半分で済みます。バッチサイズの検討には、資材が工場に入った時から完成品の一部として工場から出て行くまでのトータル時間を4つの段階に分けて、評価することが有効です。
- セットアップ(段取りで、機械や装置などのリソースの準備を行っている時間)
- プロセスタイム(機械や装置などのリソースを使って部品への作業を行う処理時間、これを経て部品の付加価値が高まる)
- キュータイム(機械や装置などのリソースが他の部品の処理を行っている間、その機械の前で待っている時間)
- ウエイトタイム(完成品に組み立てるのに必要なほかの部品が届けられるのを待っている時間)
多くの製品はキュータイムとウエイトタイムが占める比重が大きくなります。ボトルネックを通過する部品はキュータイムが長くなり、非ボトルネックだけを通過する部品はウエイトタイムが長くなります。バッチサイズを半分にすると、キュータイムとウエイトタイムの時間も半分になります。バッチサイズを半分にするとセットアップの時間は長くなりますが、非ボトルネックの作業時間が増えてもそれは妄想に過ぎないです(工場の操業へは影響しないです)。そのため、非ボトルネックのバッチサイズを半分にすることはリソースの有効活用に寄与します。計算上は、部品1個当たりの処理時間が延びてコスト(直接作業)が増えますが、実際は在庫が減り、ボトルネックの有効活用による工場全体の操業度が上がり、売り上げも増えるので、直接作業のコストが多くの製品に分散され経費は下がります。
このように本書では、部分最適では評価を見誤るので、全体最適で判断することが大切ということを示してくれます。個々の工程の生産能力と需要のバランスを取るのではなく、それぞれには余剰生産能力が必要で、フローと需要のバランスをとることが大事で、そのためにリソースを活用し利益で評価する、ということの大切さを説いてくれます。また、会計の考え方のバランスシートに対しても、経理上の規定と現実はかけ離れていると指摘し、どれだけ目標に近付いたのかを正しく把握する、組織の中での各人の立場で何が有益なのかを理解し実行する、方法を示してくれます。
TOC制約理論への昇華
今までの考え方を基に、より一般化して新たな尺度を作ります。制約理論では、「スループット」「在庫」「業務費用」を同時に改善することを継続するプロセスが重要で、その中でもスループットの向上こそが一番大事な評価基準と考えます。生産工程全体を一本の鎖に例え、一つのプロセス(輪)を改善すれば良いのではなく、一本の鎖の一番最後、つまり最後の生産工程においてスループットを向上させなければ意味がなく、鎖全体で強度が高くて強い鎖を作る必要があります。強度を高めるには鎖の一番弱い輪を見つける、つまりボトルネック(制約条件)を見つけることが最初のステップとなり、全体のプロセス・フローの中で制約条件を見つけ、スループットを向上させるという理論です。
TOC(制約理論)の基本原理を一般化すると、以下の通りになります。ただし、「惰性」を原因とする制約条件を発生させてはならないという、注意点もあります。
- 制約条件を「見つける」。
- 制約条件をどう「活用する」か決める。
- 他のすべてを2の決定に「従わせる」。
- 制約条件の能力を高める。
- 制約条件が解消したら「ステップ1」に戻る。
まとめ
長くなりましたが、ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました。「ザ・ゴール」では、生産性向上の本質は「スループットを増やしながら、在庫と業務費用を減らす」ことだと説いています。そのために、ボトルネックを特定し、システム全体を最適化することが不可欠です。製造業の現場では、「目の前の効率向上」の部分最適ではなく、「全体最適」の視点を持つことが利益を最大化するための真に生産性を上げる鍵になります。
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